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千葉地方裁判所 昭和45年(ワ)368号 判決

主文

一  被告は原告各自に対し、それぞれ、金七二万七七七五円と、これに対する昭和四四年一〇月一二日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を、支払え。

二  原告等のその余の請求を、いずれも棄却する。

三  訴訟費用は五分し、その一を被告のその余を原告等の負担とする。

四  この判決は、主文第一項につき、仮に執行することができる。

事実

(当事者の求める裁判)

原告等

一  被告は原告等に対し、各自五五〇万円と、これに対する昭和四四年一〇月一二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  仮執行の宣言。

被告

一  原告等の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告等の負担とする。

(当事者の主張)

原告等

第一請求原因

一  事故の発生

昭和四四年一〇月一一日午後一二時一〇分頃、千葉市宮野木町二四一番地の二九地先路上において、訴外椎名英貞運転の自動車(千二す九〇七号………被告車)が、訴外繁村秀美に衝突し、同人を死亡させた。

二  被告の帰責事由

本件加害車両は、被告の経営する穴川花園幼稚園の園児の送迎用バスとして、被告の運行管理下におかれ、右運行中に発生したものであるから、被告は自動車損害賠償保障法第三条により、本件事故による損害を賠償すべき責任がある。

三  亡秀美の損害 一、四〇〇万円

本件事故により亡繁村秀美は次のような損害を蒙つた。

(一) 慰藉料 四〇〇万円

亡秀美は事故当時一六歳であり、前途春秋に富む青年であつたところ、本件事故により死亡したものであり、その慰藉料としては金四〇〇万円を相当とする。

(二) 逸失利益 一、〇〇〇万円

亡秀美は昭和二八年九月七日生れの男子であり、同人の平均余命は五三・九七年である。従つてその就労可能年数は一八年から稼働しても五〇年となり、その得べかりし収入は、昭和四三年賃金構造基本統計調査報告による平均年令別給与額及び生活費にもとずき、各一〇年ごとの平均を求めると、別紙計算書(一)のとおり一〇一三万三、一八六円となるから、うち一、〇〇〇万円の支払を求める。

四  原告等の損害

原告等は亡秀美の両親であるから、右秀美の損害賠償請求権を各二分の一宛相続した。

仮に、亡秀美の慰藉料が相続の対象とならないとすれば、原告等の精神的苦痛には著しいものがあるので、固有の慰藉料として、各二〇〇万円が相当である。

五  損益相殺

原告らは、本件事故による損害賠償として、自動車損害賠償保険から三〇〇万円の支払を受けている。

六  よつて、原告らは、被告に対し、各金五五〇万円と、これに対する不法行為の翌日である昭和四四年一〇月一二日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第二被告の抗弁に対する認容

一  免責の抗弁に対し、

本件事故現場が、被告主張の状況の丁字路であり、亡秀美の進行路がかなり急な下り勾配であつて、左右の見通しが悪いことは認めるが、その余の事実は否認する。

亡秀美は、本件事故地点に停止して、被告車の進行を待つていたところ、突然、被告車に近接接触され、その衝撃により路上に強打されて死亡したものであり、同人に過失はない。

二  過失相殺の主張に対し

争う。

三  損益相殺の主張に対し

争う。

仮に損益相殺がなされるとしても、一ケ月五、〇〇〇円が相当である。

被告

第一請求原因に対する認否

一は認める。但し、事故の態様は、後記のごとく、自転車に乗車していた訴外秀美が、訴外椎名英貞運転の自動車左側中央部に衝突したものである。

二は認める。

三は否認する。亡秀美の逸失利益を算出するにあたり、ホフマン方式を採用しているが、これは重大な矛盾を包含しているのでライプニツツ方式によるべきである。又生活費は少くとも二分の一を要すると解される。

四のうち、原告らが亡秀美の権利義務を相続により承継したことは認めるがその余は争う。

五は認める。

六は争う。

第二抗弁

一  免責の抗弁

本件事故は、被害者秀美の過失により生じたものであり、訴外椎名は、被告車の運行に関し注意を怠つたことはなく、又同自動車には、構造上の欠陥、機能の障害等もなかつた。

即ち、本件事故現場は、被告車の進行方向に対し、被害者の進路はその左側にT字形に交差している道路であり、同道路はかなり急な下り勾配となり、同T字路交差点左右の見通しは悪いところであるが、亡秀美は、ハンドルが下向きとなつている自転車に乗車し、顔を下向きにして、前方注視を怠り、又減速することもなく、相当の高速度で本件T字路にさしかかり、右折しようとして、折から同所を通過しつつあつた被告車左側中央部付近に自転車を衝突させ、自ら転倒したものであり、訴外椎名は、前記状況のもとに走行してきた秀美を発見し、とつさにハンドルを右に切つて衝突を回避しようとしたが及ばなかつたものであり、被告車には幼児が乗車していたため、急制動の措置をとることが危険であつたため、これができなかつたが、秀美を発見すると同時に急制動の措置をとつたとしても、前記状況のもとにおいては、衝突を回避することはできなかつたものである。

二  過失相殺

上記主張が認められないとしても、亡秀美には上記過失があるから、本件損害賠償額を算定するにつき、同過失を斟酌すべきである。

三  損益相殺

亡秀美は、事故当時一六歳であるから、原告らは同人が二〇歳に達するまで、同人の養育費として、一ケ月少くとも一万五〇〇〇円を下らない支出をしなければならないものであり、これが支出を免れたものであるから、右金額は損益相殺されるべきである。

(証拠関係)〔略〕

理由

一  請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。

二  被告は免責の主張をしているので、この点について検討する。

原本の存在並に〔証拠略〕を綜合すれば、本件事故現場は、県道宍川実籾線から北に入る道路(南北に通ずる道路………幅員五米)と、右道路西側にT字形に交る道路(東西に通じる道路………幅員五・三米)との交叉点であり、右東西道路は交叉点に向い千分の五五の下り勾配となり、南北道路も同交叉点に至る間は千分の四〇の下り勾配となり、尚同交叉点の南西の角の住宅地が一米を超える高台となり、見通しは悪く、何等の道路標識もないこと、南北に通じる道路西側は一段高くなり市営住宅が立ならび、東西に通ずるT字路が五〇米おき位に数個所あること、南北道路東側は崖状となり一段低い土地となり、同道路の交通量は左程ではないこと、訴外椎名は幼稚園児の送迎用マイクロバスの運転に従事し、本件道路は常に通行しており、道路状況は十分了知していたこと、当時同人は、時速約四〇粁位の速度で南北道路を北進していたが、危険を避けるため、幾分道路右側に寄つて進行したが、本件交叉点にさしかかり、警音器をならすとか、減速することもなく進行したところ上記T字路から、自転車に乗車し、下向きとなつて進行してくる被害者を、左斜前方約一二米位に発見し、急制動はとらず、ハンドルを急遽右に切り衝突を避けようとしたが及ばず、マイクロバス左側乗降口よりやや後方部分に秀美の左肩付近を衝突させて同秀美をはねとばし、頭蓋骨骨折、第九胸椎骨折、脳挫傷等の傷害を負わせ、二日後同人を死亡させるに至つたことが認められる。

本件交叉点はT字路であるから、被害者秀美にも後記のとおりの過失のあることは明白であるが、上記のとおり、椎名は本件道路状況を熟知しており、左側一帯は住宅地であつて同様のT字路が数個所ある上、本件T字路は見通しが悪く、下り坂であるから斯るT字路を通過するに際しては、T字路内に進入してくる車両等と衝突することのないよう予め減速するとか、或はT字路において徐行する義務があり、尚、前方T字路付近の交通状況を注視し、同状況に対処して危険の発生を防止し得るように注意して運行すべき責任があると解されるところ、椎名は四〇粁位の速度のまま、T字路において徐行することなく、漫然運転進行し、被害者を発見しても何等制動をかけることなく右に避けたに止るものであるから、本件事故の発生につき過失があるものということができる。

従つて、その余の点について判断するまでもなく、被告は本件事故による損害を賠償すべき責任がある。

三  過失相殺について検討する。

本件事故現場は、上記のごとき状況にあるところ、上記各証拠を綜合すれば、被害者秀美は、ハンドルが下向きとなつているサイクリング用自転車に乗車し、T字路に向い下り坂を相当度の速度で下向きのまま進行してきて、本件交叉点手前で徐行又は一旦停止することもなく、右折すべく斜に被告車の進行する方向に向つて進行し、一旦顔をあげて被告車を発見し、とつさに右にハンドルを切つてこれを避けようとし、被告車と殆ど平行の状態になつたが、避け切れず、被告車の後方寄り車体に衝突したものであることが認められる。

本件T字路に進入するにあたつては、見通しが悪く、かつ下り坂の交叉点であるから、一旦停止するか徐行すべき義務があり、又、右折するに際しては、道路左側に沿い大まわりをして進行すべき義務があり、右秀美はこれを怠つた過失があり、その過失の割合は椎名に比較して大であり、七割とみるのが相当と解せられる。

四  損害

(一)  秀美の得べかりし利益 三四五万五、五五一円

〔証拠略〕を綜合すれば、本件事故当時、秀美は一六歳一月(昭和二八年九月七日生)、高校一年在学中の健康明朗な少年であつたことが認められ、第一二回余命表によれば、平均余命は五三・九七年就労可能年数は四七年であるところ、通常一八歳から六三歳まで、何らかの職業に就いてその年令による平均賃金を下らない収益をあげることができることが推知され、その収入をあげるのに要する必要経費は、一八歳から一〇年間の二七歳迄は月収の二分の一、その余は月収額その他を勘案して月収の三分の一を超えないものと解するのが相当である。

そこで、その得べかりし利益をホフマン方式で民法所定年五分の中間利息を控除すると、別紙逸失利益計算書(二)のとおり現在額は一一五一万八、五〇五円となるが、秀美の上記過失を斟酌すると、その三割即ち三四五万五、五五一円がその損害となる。

尚、被告は、右計算はライプニツツ方式によるべき旨を主張するが、現在の経済情勢のもとにおいて、複利方式が常態であるとも断じられず、又現実に貨幣価値の下落が恒常化している経済構造のもとにおいて、填補すべき損害を算出するのに単利によるホフマン方式を採用することも許されるものと解される。

(二)  秀美の慰藉料 一〇〇万円

秀美の上記過失を斟酌して、同人の慰藉料額は一〇〇万円を相当とする。

(三)  原告等は秀美の両親であること、同人等が秀美の損害の賠償として三〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがないので、結局、上記(一)(二)の合計四四五万五、五五一円から右三〇〇万円を控除し一四五万五五五一円が損害となり、原告等はその各二分の一である七二万七、七七五円(円以下切捨)を相続により取得したことが認められる。

五  被告は、秀美の養育費は損益相殺されるべき旨を主張する。然しながら、養育費は原告等が負担すべきものであつて、損害賠償請求権者である秀美の損害ではなく、損益相殺は右損害賠償請求権者が損害と利益を同一原因によつて受けた場合にかぎると解されるので、右主張は採用できない。

六  以上であるから、原告等の本訴請求中、原告各自が七二万七七七五円の支払を求める限度を正当として認容し、その余は失当であるからいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大内淑子)

逸失利益計算書(一)

(イ) 18年~27年

月収平均(48,760円)-生活費平均(15,660円)=33,100円

係数 16.80(27年)-12.60(18年)=4.2

10ケ年実収 33,100×12×4.2=1,668,240円

(ロ) 28年~37年

月収平均(72,265円)-生活費平均(15,700円)=56,565円

係数 20.62(37年)-17.22(28年)=3.4

10ケ年実収 56,565円×12×3.4=2,307,852

(ハ) 38年~47年

月収平均(85,360円)-生活費平均(15,700円)=69,660円

係数 23.83(47年)-20.97(38年)=2.86

10ケ年実収 69,660円×12×2.86=2,389,731円

(ニ) 48年~57年

月収平均(84,300円)-生活費平均(15,700円)=68,600円

係数 26.59(57年)-24.12(48年)=2.47

10ケ年実収 68,600円×12×2.47=2,033,304円

(ホ) 58年~67年

月収平均(64,110円)-生活費平均(15,700円)=40,711円

係数 29.42(67年)-26.85(58年)=3.57

10ケ年実収 40,711円×12×3.47=1,734,059円

以上(イ)~(ホ)合計 10,133,186円

逸失利益計算書(二)

当裁判所認定

1 18年から27年

(月収平均)48,760円-(生活費)月収×1/2=24,380円

24,380×12×係数6.73(8.59-1.86)=1,968,928.80

2 28年から37年

(月収平均)72,650-(生活費)月収×1/3=47,433円

47,433×12×係数5.51(14.10-8.59)=3,136,279.96

3 38年から47年

(月収平均)85,360-(生活費)月収×1/3=56,907円

56,907×12×係数4.32(18.42-14.10)=2,950,058.88

4 48年から57年

(月収平均)84,300円-(生活費)月収×1/3=56,200円

56,200×12×係数3.55(21.97-18.42)=2,394,120.00

5 58年から63年

(月収平均)71,850円-(生活費)月収×1/3=47,900円

47,900×12×係数1.86(23.83-21.97)=1,069,128.00

1乃至5合計 11,518,505円

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